パンデミックで溜め込まれていた消費者の需要が解放され、特にプレミアム製品の回復が世界のビューティー&パーソナルケア業界の成長に寄与した。一方で、原材料の高騰やウクライナ情勢によるサプライチェーンの混乱によってインフレーションが加速し、生活コストの上昇は消費者の購買意欲に大きな影響を与えている。
「Competitor Strategies in Beauty and Personal Care」レポートでは、ユーロモニターインターナショナルの業界調査から読み解くL'Oréal、Procter & Gamble、Estée Lauderをはじめとする、世界のビューティー&パーソナルケア企業上位10社の成長要因やポートフォリオの変化、および業界関係者や消費者サーベイの結果に基づく業界トレンドや消費者の価値観の変化を紹介し、美容関連企業はどのように対応していくべきか、実際の事例を交えて展開している。本記事はその抜粋版である。
慎重になる消費者の選択に対するブランドの価値創造アプローチ
2023年もインフレーションは高い水準で推移し、世界経済全体の成長が鈍化に向かう見込みだ。こうした状況下で消費者は、価格と価値のバランスに敏感になり、値ごろ感がありながらも価値を感じられる製品を選択する傾向にある。『長持ちする』『多機能』『高濃度処方』や、『身体および情緒面の健康に関わる』といった特徴を持つ製品も、消費者にとって購買意欲を正当化するものとなっている。このような傾向を基に、多くの美容関連企業が、科学的根拠に基づく認証やポジショニング、クリーンなコンセプトや自然成分を強調する戦略を、消費者へのアプローチに取り入れている。
パンデミック以降、香水、スキンケア、入浴剤などが提供する心身への快適さや、気晴らしへの関心が高まった。その結果、ウェルネスのような身体および感情面の健康に関わる特徴を持った製品は、消費者にとって購買意欲を正当化するものとなった。例として、プレミアムなヴィーガンスキンケアブランドとして知られるL'OréalグループのYouth to the Peopleは、2022年に初のフレグランス「コズミック・リリース・オードパルファム(Cosmic Release Eau de Parfum)」を発売した。『成分こそ私たちのミューズ(Ingredients are our muse)』というモットーを掲げており、植物成分を安全性や健康性と積極的に結びつける美容消費者の意識と一致させている。また、クリーンなコンセプトイメージや、成分主導の価値創造も有効なアプローチと言える。他にも、Johnson & Johnsonの新しいベビー用スキンケアシリーズ「ヴィヴィ&ブルーム(Vivvi & Bloom)」は、『低刺激性』『ヴィーガン』『動物実験なし』を売りにしており、この製品の『クリーンビューティー』という位置づけは、典型的なミレニアル世代やZ世代の親や介護者の価値観に訴えるよう設計されている。
“世界の消費者の38%が低価格な製品よりも天然成分や植物成分の製品を好み、25%が自身が毎日使う製品についての情報をブランドから知りたいと回答した”
出所:ユーロモニターインターナショナル、ボイス・オブ・ザ・コンシューマー:ビューティーサーベイ(2022年版)
加速するデジタルエンゲージメントとオンライン/オフラインの融合
多くの美容関連企業は、オンラインとオフラインの区別なく、最先端技術を駆使したプレミアムなショッピング体験を消費者に提供することで、競争力の維持に努めている。オンライン環境では、E-コマースやデジタルマーケティングが必須となり、さらに、メタバースやNFTなど新しいコンセプトを用いることで、エッジの効いたユニークな方法で消費者と直接関係を構築する方法を模索している。具体的には、ブランドは最新のデジタル技術を用いた店内体験の充実や、オムニチャネル戦略の推進など、顧客からの信頼やロイヤリティを高めるため、デジタルエンゲージメントを一層加速させている。例えば、Estée Lauder傘下のブランドのクリニーク(Clinique)は、プログラムに登録したユーザーが抽選でブランドのNFTを受け取れるキャンペーンを実施した。さらに、同社のカラーコスメブランドMACはバーチャルアイドルを発表したり、また企業としてメタバースファッションウィークに参加したりと、積極的に取り組んでいる。L'Oréalも、2022年10月にMetaと提携し、メタバースにおけるスタートアップ企業の支援プログラムを立ち上げた。台頭しているメタバースのコンセプトだが、このようにビューティー企業もこの領域への投資を進めている。また、完全な仮想空間上で完結させる取り組みに限らず、デジタル技術の活用によって消費者に踏み込んだ体験を提供し、ブランドの付加価値を高めることも、引き続き各社が追求している分野である。
パーソナライゼーションは「あったら嬉しい」から「必要なもの」へと進化
デジタル技術を用いた顧客への価値提供は、パーソナライゼーションの分野でも積極的に見られる。特にヘアケア、スキンケア、カラーコスメは消費者一人ひとりの体質や悩みと製品がマッチするか否か、という点が気にされやすく、消費者はその効果や効能が、自分にとって確実に得られるものかどうかを重視している。個人の皮膚や髪の毛などのトーン、水分量、密度といった指標を数値化したり、それに基づき最適な製品やアドバイスを導き出したりすることは、顧客がブランドに対してプレミアムな価値を感じる上で欠かせないものとして、「あったら嬉しい」から「必要なもの」へと進化を遂げている。このような背景から、オンライン診断やカウンセリング、あるいは、ヘアカラーやカラーコスメの「バーチャル・トライオン」が今日までに普及したわけだが、消費者の個性を一歩踏み込んで把握するアプローチも進化している。例えば、Lancômeのシェード・ファインダーは肌の色を22,500段階で検出して区別できるほか、米国ドラッグストアチェーンのWalgreens Boots Allianceが皮膚科医と共同で開発したNo7というスキンケアブランドは、美容医療機関レベルの肌分析が可能であることを謳っている。また、L'OréalグループのヘアカラーブランドColor&Coは、マスカスタムをコンセプトとして掲げており、2022年には個人の髪色、白髪の割合、長さ、密度など、ヘアカラーの仕上がりに影響を与える要素を数値化するAIヘアカラーシステムColorightを発売し、カラーリングのカートリッジを搭載したデバイスと組み合わせて最適な調合が導かれるようにしている。デジタル技術を活用したパーソナライズ体験は実店舗でも進んでおり、消費者のオンライン診断の結果と店頭でのカウンセリング内容を組み合わせて、製品を推奨するサービスを美容小売店のSephoraが提供しているほか、2022年にリニューアルされたコーセーの都内コンセプトストアでの、3Dプロジェクションマッピング技術を活用したメイクアップシミュレーターもこれに当てはまる。
“世界のビューティー&パーソナルケア産業のプレイヤーの37%が、パーソナライズされた製品が2021年の売上に大きな影響を及ぼしたと回答した”
出所:ユーロモニターインターナショナル、ボイス・オブ・ザ・インダストリー:ビューティーサーベイ(2022年版)
“世界の消費者の86%が、毛髪診断や肌診断に基づくパーソナライズ製品にはより多くのお金を払っても良いと回答しており、29%がDNA検査のようなより科学的でパーソナライズされた製品に対してはそうでないものより20%以上の料金を支払っても良いと回答した”
出所:ユーロモニターインターナショナル、ボイス・オブ・ザ・インダストリー:ビューティーサーベイ(2022年版)
“世界の消費者の41%がパーソナライズされたヘアケア製品を、39%がパーソナライズされたスキンケア製品を、29%がパーソナライズされたカラーコスメ製品を求めていると回答した”
出所:ユーロモニターインターナショナル、ボイス・オブ・ザ・インダストリー:ビューティーサーベイ(2022年版)
企業・ブランドが注目すべき販売戦略とは
以上のインサイトを包括すると、企業・ブランドが注目すべきポイントは次の3点である。
- パンデミック後の経済状況の変化により、消費者の優先順位には変化が見られるようになり、値ごろ感、ウェルネス、クリーンビューティーへの関心が高まっている
- 企業およびブランドは、バーチャルな世界での露出やデジタルエンゲージメントを通じて、消費者にプレミアムな体験を提案する動きを加速させている
- パーソナライゼーションは「あったら嬉しい」から「必要なもの」へと進化し、業界を横断している
より詳細な市場統計・分析や、その他ブランドの事例については、ユーロモニターのレポート「Competitor Strategies in Beauty and Personal Care」をご覧いただきたい。