日本の乳製品市場は価格改定を背景に大きく伸長
2023年、日本の乳製品市場は、生産コストの上昇を主因とする商品価格改定を背景に、大きく伸長する見込みである。これは新型コロナウィルス流行による巣ごもり需要によって大きな伸びを記録した2020年をも上回り、過去最高額を記録する見通しだ。
これまで乳製品の価格は、主に国内生乳を使用していることから、原材料の多くを輸入に頼るチーズやマーガリンを除き、昨今のサプライチェーンの混乱に見舞われず、比較的安定した価格を維持していた。しかしながら、ウクライナ情勢や2022年後半に急速に進行した円安により、乳牛の飼料価格は大きく高騰、生産者団体と乳業メーカーで取引される生乳取引価格は2022年末から複数回に渡って改定が行われ、最終商品である乳製品の価格は上昇した。
価格改定が金額ベースでの市場の拡大に直接的に寄与する一方、数量ベースでの成長は厳しい状況が続く。新型コロナウイルス感染症が感染症法上の5類に分類されたことによる外食回帰、如いては家庭内需要の減少が一定量見込まれる中、同市場の商品価格改定や、その他のあらゆる生活コストの上昇が消費者の購買意欲に大きな影響を与えている。
他食料、飲料業界との競争の激化
消費者の節約志向が高まる一方で、消費者の健康への関心は依然として高い。新型コロナウイルス禍においては、罹患リスクを低下させることを目的とした免疫向上や、在宅勤務による運動不足からの体系維持を目的とした高たんぱくや低糖質などの訴求がより注目を集めたが、現在では健康意識もより多様化し、益々広がりを見せている。
同市場は、本来牛乳やチーズが持つ豊富なカルシウムや、ヨーグルトや乳酸菌飲料における乳酸菌など、一般的に健康的なイメージ持たれる市場であるが、健康訴求の付加価値マーケティングが菓子や飲料カテゴリーなど、他カテゴリーの商品にも急速に広がったことにより、これまでにない競争に直面している。例えば乳酸菌入りのチョコレートや清涼飲料水などは一定数既に市場に定着しており、カルシウムやたんぱく質を豊富に含む飲料やスナックは多数見られる。
生活コストの上昇によって、消費者はより価格と価値のバランスに益々敏感になっている。したがって、消費者は購買の選択において、値ごろ感がありながらも価値を感じられる商品をよりシビアに選択するであろう。
同市場でも、乳製品が本来持つ栄養価、例えば牛乳に含まれる豊富なカルシウムや、ヨーグルトの乳酸菌が腸を整えるといった健康的なイメージに加えて、内臓脂肪の減少を謳った牛乳や、認知機能の一部である記憶力を維持する働きが報告された乳酸菌を含むヨーグルトなど、更なる付加価値を提供する動きが加速している。
感情面を重視した包括的な健康意識の高まり
消費者の健康意識においては、単に健康的な体の維持のみならず、精神、感情面での健康を重視したより包括的な意味を持っている。ユーロモニターの「ボイス・オブ・ザ・コンシューマー:ヘルス&ニュートリションサーベイ(2023年)」によると、消費者が思う健康の定義のうち、メンタル・ウェルビーイング(Mental wellbeing)、つまり精神的に健康であることが1位であり、これは病気予防(Avoiding illness)や病気に罹患していないこと(Absence of disease)など、身体の健康状態を問う項目を上回る結果となった。
生活様式の変化、多様化により、仕事とプライベートの境目がますます曖昧になったことや、経済状況の不透明性による不安感により、身体の健康のみならず、精神的及び感情面での健康維持は日本の消費者の関心どころであろう。
出所:ユーロモニターインターナショナル、ボイス・オブ・ザ・コンシューマー:ヘルス&ニュートリションサーベイ(2023年1-2月実施、n=1002)
ストレスは睡眠の質を低下させる。乳製品市場においては2019年、ヤクルト本社が発売したストレス緩和、睡眠の質向上、腸内環境改善の機能性表示食品として販売されたYakult1000(宅配用)/Y1000(店舗用)は大きなヒット商品となり、同市場を盛り上げている。
両商品の反響に続き、乳酸菌飲料、ヨーグルト商品を中心に睡眠の質、ストレス改善を訴求した様々な商品が登場している。例えば日清ヨークは2022年睡眠の質改善による日常生活の疲労感軽減の機能を持つ機能性表示食品、ピルクルミラクルケアを、よつ葉乳業は2023年、仕事や勉強による一時的な心理的ストレスを和らげる機能や睡眠の質を高める機能がある、のむヨーグルトシリーズを発売した。また、明治は発売から20年以上のロングセラーブランドLG21を、ストレスや精神的プレッシャーから訪れる一時的な胃の負担をやわらげることを表示した機能性表示食品として2022年12月に新たにリニューアルしており、雪印メグミルクは2023年、名古屋大学との共同研究で、雪印メグミルク保有のビフィズス菌が睡眠促進作用を有することを発表している。
しかしながら、ストレス、睡眠を訴求した商品はGABAといったストレス処理の働きを助ける成分を配合した菓子や飲料といったように、既に他カテゴリーにも存在し、勢いを増している。消費者にヒットする訴求は驚くほどのスピードで他カテゴリーでも拡大し、競争が終わることはない。
高まる乳製品ならではの価値
日本の将来人口推計から、今後の国内乳製品市場は、特に数量ベースの消費においては伸び悩むことが予測される。一方、消費者の健康志向や栄養への関心は、コロナ以前から高まっており、身体のみならず精神面への機能性を訴求した商品への需要は引き続き見込まれる。生産コストが上昇を続ける中、乳製品企業各社にとって、健康志向を重視する付加価値マーケティングは依然として重要であり続けるだろう。
健康訴求を謳う商品は数々の商品の台頭により、価値と価格の正当化はより一層重要度を増している。それゆえ、生産コストが高止まりする中、同市場においては他カテゴリーにはない、乳製品ならではの価値を改めて際立たせることが一層重要になるだろう。例えば、ここ数年タンパク質を豊富に含むギリシャヨーグルトや、おつまみやデザート需要としてのチーズ商品が注目されたが、これらはその栄養、健康のベネフィットが評価されただけではなく、まぎれもない乳製品ならではのクリーミーさ、濃厚な味わいが消費者に支持されたといえる。Y1000/Yakult1000においても、睡眠改善を謳う商品が次々と台頭する中、力強い存在でい続けている背景には、乳酸菌飲料という元々習慣化して飲むイメージが強いカテゴリーが継続飲用を促し、効能に対する消費者の満足度を高めることに成功したと考えられる。
今後の乳製品市場においては、乳製品ならではの価値、その美味しさや独自の喫食シーン、あるいは、国内生乳ならではの生産に対する安心感など、差別化がますます重要になり、それは植物性乳代替品についても同じことが言えるであろう。
より詳細な市場統計および分析については、こちらのレポートDairy Products and Alternatives in Japanをご覧ください。