従来からターゲットとしてきた消費者層の成長が頭打ちになりつつある中、企業は新たな成長機会を見出す必要に駆られている。ユーロモニターインターナショナルのレポート「The Next Billion Consumers(次の十億の消費者たち)」によると、高齢者層は膨大な消費力を持つが、未だに開拓の余地が十分にある市場だ。2020年、世界市場全体で、高齢者世帯の消費総額は実に107兆USドルに上った。2040年には、高齢者人口が世界で2000年の3倍となる14億人に達すると予想されている。では、企業はこの未開拓セグメントをどのようにターゲットすべきなのだろうか。日本をケーススタディとして取り上げ、見てみよう。
高齢化する日本社会
日本では急速に高齢化が進んでいる。2040年には人口の35%が65歳以上となり、(15歳~64歳あたりの65歳以上の高齢者の割合)は65%になると言われている。また、2011年以降、日本の人口は縮小し続けており、2015年には1億2700万人だった日本の人口は、2065年には8800万人にまで減少すると予測されている。
少子化が進み、労働人口が減少する一方で平均寿命は延びている。将来、より多くの介護者が必要となることは明白だ。このような状況を背景に、日本は、高齢者のモニタリング、ケアをするための機器やロボット、またソリューションの開発で世界の最先端を走っている。
日本とアジア・パシフィック地域の高齢者扶養率 (%) 2019~2040年
日本は高齢者向け製品を試す市場
人口減少とともに高齢化が進む日本では、高齢者介護の自動化に対するニーズは高まるばかりだ。ここ20~30年の間に、高齢者を対象とした製品が数多く発売され、自動化されている製品の数も多い。
自動で動くショッピングカートはその一例だ。埼玉大学は2016年、目的地まで自動走行できる「自律移動ショッピングカート」の実証実験を行った。カートを自在に動かすことが難しい高齢者を支援するコンセプトだ。他には、シックスパッドが高齢者向けに2022年に発売した、電気で足の筋肉を鍛える製品や、トリプル・ダブリュー・ジャパンが介護向けに提供している、腹部に貼ってぼうこう内の尿量を測定できる、失禁対策のIoTデバイスなどもある。
日本からの学び
白物家電で高齢者だけをターゲットとするのは難しい
日本の高齢者層は、「シルバー世代向け」や「高齢者向け」のように、直接家電のターゲットにされることを好まない。例えば、パナソニックの「Jコンセプト」は、2014年の展開当初は、高齢者層をターゲットにした、製品カテゴリーを超えたサブブランドとしてスタートした。「Jコンセプト」の製品の一例として、コードレスのスティック型へと向かう掃除機のメイントレンドとは逆行する、紙パック式のキャニスタータイプの掃除機製品が発売された。同製品は当時「世界最軽量」であり、高齢者の使いやすさにこだわった製品であった。しかし、大きくは成功しなかったのか、「Jコンセプト」は2023年現在、機能性や省エネ性のラベリングのように、高齢者に優しいことを示すラベリングのような、よりブランド色の薄い存在へと方針転換がされているようだ。
実際に、パナソニックのルームエアコンのフラッグシップモデルLXシリーズの2023年モデルのウェブページを見ると、消臭・除菌機能を持つ「ナノイーX」、省エネを示す「エコナビ」や「エネチャージ」など、様々なラベルが表示されているのが見て取れる。その並びに、「Jコンセプト」のロゴも確認できる。これが『ラベリング』と表現したものだ。主張は激しくないが、高齢者に優しい商品であることをしっかりと示している。
高齢者だけではなく、より広い使いやすさを謳う
製品が、利用者すべてに対してより良いユーザーエクスペリエンスや使い勝手を提供しているのであれば、それはつまり高齢者にとっても同様のメリットが生まれていることを意味する。代表的な例として、三菱電機は、身体障碍者を含め、小さな子どもからお年寄りまで、誰もが使いやすいユニバーサルデザインの概念を採用している。ユニバーサルデザインの製品は、誰にとっても使い勝手がよく、それはつまり高齢者向けでもあるのだ。
わかりやすい利便性がある場合は、また別の話
高齢者を直接ターゲットとする戦略は、前述のパナソニックの事例からも見て取れる通り、白物家電では成果をもたらさなかった一方で、黒物家電では功を奏した例もある。例えば、ソニーやオーディオテクニカが展開しているTV用のワイヤレススピーカーだが、これはスピーカーのみを自身の近くに持ってこられることで、高齢者の家にありがちな「大きすぎるテレビの音」を避けることができる。また、ドコモのらくらくホン・らくらくスマートフォンも高齢者をターゲットとして長く続いているシリーズのひとつで、「見やすい」「操作しやすい」利便性がダイレクトに感じられる製品群である。このように、「聞く」「見る」といった直接的なベネフィットをユーザー体験として得られる商品であれば、高齢者をターゲットにしたマーケティングが功を奏する可能性がある。
白物家電業界における高齢者向けの戦略とは
白物家電分野においては、高齢者だけをターゲットとする試みはうまくいかないケースが多い。しかし、全てのユーザーにとって使いやすいプロダクトを開発することが、高齢者にもやさしい仕様の提案や、あるいは高齢者のユーザーエクスペリエンスに直接結びつくようなベネフィットの提示をすることになり、結果、高齢者市場の開拓につながる。それが、世界有数の高齢化が進んだ日本からの学びと言えるだろう。
より詳細な分析についてはこちらのレポート'Appliances for the Elderly Segment'をご覧いただきたい。