東アジアのインバウンド決済市場を分析する本シリーズのPart 1では、日本と台湾を取り上げた。Part 2となる本記事では、中国本土と香港特別行政区(以下、香港)における筆者の体験とあわせ、これらの市場における主要なビジネス機会に焦点を当てて分析する。
中国におけるデジタルウォレットとリンクカードの利用拡大
他の主要な東アジア諸国とは異なり、中国へ渡航する際に高いハードルとなるのが、ビザ申請である。この問題を改善するため、中国は50以上の国に対するトランジットビザ免除制度に加えて、シンガポール、マレーシア、タイとは15~30日以内の旅行に対するビザ免除制度を相互に実施している。それ以外の国から来る渡航者は、依然として中国入国に際しビザが必要となる。ビザ申請サービスセンターでは、ビザ申請費の支払いに対し、様々な支払いオプションに対応しているなど、今日の中国の決済事情を垣間見ることができる。
海外発行のカード保有者が、特にデジタルウォレットのみ対応中の店舗にてQR決済を利用しやすくするため、カード運営会社(Visa、Mastercard、American Expressなど)が2023年よりAnt Group、Tencent、UnionPayと提携したことで、海外発行カードとAliPay、WeChat Pay、UnionPayアプリが連携できるようになった。この連携により、交通機関、外食、小売、宿泊など複数の業種にわたり、これらのデジタルウォレットを利用できる加盟店の大半で海外発行カードが利用できるようになった。
これと並行して、Ant GroupとUnionPayは、海外のデジタルウォレット(例:マレーシアのTNG)や銀行(例:シンガポールのOCBC)と、組み込み型のクロスボーダーQR決済に関するグローバルパートナーシップを拡大している。これにより、ユーザーはAliPay+やUnionPayのネットワークを使いながら海外のアプリで決済できるようになる。
2023年、筆者の中国訪問時、印象的だったのは、人ごみの多い地区でローミング速度の問題に直面し、何度か支払いに失敗したことだ。特にタクシー料金の支払いにカードや現金が利用できないときは困った。今後、決済業者がデータ通信を必要としないソリューションを開発するかもしれないが、当面の間、外国人観光客は現地の電話会社のSIMカードに切り替えなければならないのが現状だ。
その他にも、中国のインバウンド決済には以下のような問題が挙げられる。
- 物理的な海外発行カード受入率の低さ
- 海外発行カードを中国のデジタルウォレットにリンクする際の、本人確認期間の長さと技術的な失敗率および決済業者による拒否率の高さ
- 海外発行カードへの追加手数料
2024年3月、中国政府機関はAliPayとTenPayに対し、海外発行カードとの連携によるユーザーエクスペリエンスの向上について助言する一方、大型ショッピングモール、空港、駅などでの物理的な海外発行カード利用可能店舗数の拡大を奨励する方針を明らかにした。
香港の非接触型決済
2023年、香港におけるインバウンド旅行決済の81%はクレジットカードによるものだった
出所:ユーロモニターインターナショナル Passport, Travel
香港では、欧米市場と中国本土、両方の特徴が見られる。例えば、公共交通機関やアトラクション施設などで、欧米で主流の非接触型決済手段であるNFCと、中国本土で主流のQR決済の両方を採用している。
筆者は、Google Pay(NFC)とリンクしたシンガポールのバーチャルカードを使い、物理的なカードなしで支払いを済ませることができた。しかし、地下鉄駅に関しては、すべての改札が非接触型のNFC決済に対応しているわけではない。旅行者は、NFC決済に対応した改札を見つけるために余分な距離を歩く必要がある。駅構内に案内標識を増やすと親切だろう。
さらに、香港では現在、タイの電子決済システムであるPromptPayは、ほぼ使えない。店舗、特に個人経営の飲食店ではキャッシュレス化が進んでいるが、現在の決済手段はOctopusのプリペイドカード、AliPay、WeChat Payに限られているなど、中国人以外の観光客には必ずしも親切であるとは言えない。
今後の展望とビジネス機会
これらの問題を解決し、消費者および観光客の満足度を向上させるためには、①決済体験の最適化、および②決済オプションの多様化、の2点を実現させる必要がある。
まず、決済体験の最適化は、カスタマージャーニー全体の満足度につながる重要な要素である。
アジア太平洋地域の業界関係者の55%が、2023年の主要な事業展開として「カスタマージャーニーとユーザーエクスペリエンスの向上」を選択している
出所:ユーロモニターインターナショナル「ボイス・オブ・ザ・インダストリー:グローバルデジタルサーベイ」 2022年11月実施(アジア太平洋地域n=132(グローバルn=485)、オンライン回答者のみ)
例えば、アジア太平洋地域のオンラインサーベイに回答した消費者の17%が「チェックアウトのプロセスが長すぎる、または複雑すぎる」と不満を述べている(ユーロモニターインターナショナル「ボイス・オブ・ザ・コンシューマー: グローバルデジタルサーベイ」2023年実施(n=7,039、アジア太平洋地域(n=20,079、グローバル))。
筆者は、隣国の航空会社のウェブサイトで航空券を購入するために、シンガポールで発行した4ブランドのクレジットカードで決済を完了させるまでに何時間も費やした。旅行会社には、顧客が苦戦しているポイントを分析して決済トラブルを特定すること、決済業者パフォーマンスを査定し、最適な業者を特定することが望まれる。
決済オプションの多様化は、インバウンド旅行者のクロスボーダー決済を可能にするのと同時に、国内消費者層の決済ニーズに対応するためにも不可欠である。
アジア太平洋地域の業界関係者の29%が、2023年の主要な事業展開は「決済オプションの多様化」だと回答
出所:ユーロモニターインターナショナル「ボイス・オブ・ザ・インダストリー:グローバルデジタルサーベイ」 2022年11月実施(アジア太平洋地域のn=132(世界全体ではn=485)、オンライン回答者のみ)
また、アジア太平洋地域の新興国では、決済インフラが未発達であることや、クレジットカードの普及率が低いことから、2023年の主要な事業展開を「決済オプションの多様化」だと回答した割合は、アジア太平洋地域全体と比較して8%高かった。BNPL(Buy Now, Pay Later:後払い決済)は、例えば航空券のような高額商品の購入に際し、希望の決済オプションを利用できない消費者にとっては、より利用しやすい決済オプションだ。
2023年、アジア太平洋地域の調査対象12ヵ国におけるBNPLの総売上規模は340億米ドルだった
出所:ユーロモニターインターナショナル Passport, Consumer Finance
また、中国本土を含むアジア新興国では、海外発行カードの受け入れ店舗数の拡大が必須である。すべての旅行者がWeChat PayやAliPayを自分のスマホにインストールしているわけではない。日本、韓国、シンガポールといった先進国では、特に新興国からの旅行者向けに、クロスボーダーQR決済の強化を優先すべきだ。
結論として言えるのは、国やセグメントによって、消費者の決済ニーズは異なるということだ。このため、企業はまず、自社がターゲットとする特定市場国およびセグメントに関する情報、インサイトを得る必要がある。そのためには、適切な市場調査の実施が、回復傾向にある旅行業界に市場機会を見出すうえで有効だろう。
インバウンド決済に関するより詳しいインサイトについては、有料レポート「Embedded Finance Ecosystem: Mapping the Path to Services Industries’ Transformation」「Fintech’s Next Phase」をご活用ください。旅行とロイヤルティに関するインサイトについては、ブログ記事「Rewards Redefined: Innovating Customer Interaction For Lasting Loyalty」、「Top Trends for Travel in 2024」も合わせてご覧ください。